――――死。



死を、俺は迎えようとしている。

腹部に、痛みは無かった。

ただ、熱い。

灼熱した熱さが襲い、ドクン、ドクンと、鼓動が一つ打つ度に、生命が流れ出ていく。

だが、不思議と怖くなかった。

何故だろう? 全てが終わって、何処へ行くかも知れぬのに。

絶対無なのか、宗教の言う場所なのか、はたまた生命が輪廻するのか。

そんな、不安があるはずなのに、それを不安と思えなかった。

ただ穏やかに、熱さに荒い呼吸をしながら、彼女を見ていた。


――――優璃。


俺が名づけた、素性の知らぬ少女。

路上にいたのを、見捨てられなかった自分。

まったく、お前と会ってから、全てが変わっちまったよ。

迷惑にもなって、そんで不良には絡まれて……。

お前は一体、なんだったんだろうな。


「ガハッ!」


何度目かの吐血。

込み上げた血が気管に入って咽る為だ。

その行いをする度に優璃は驚き、血がと慌て、救急車と行きかけ、でも知らないと止まる。

助からない。

それが分かっていたので彼女を放さなかった。

彼女もそれに応え、血に濡れる事も構わず握り返した。


「お前……訳わかんねえよ」


お前の過去なんてどうでもいい。

どうせどっかで下らない事があったとか何とかなんだろう。

けれど、なぜ俺がそんな事に関わってるんだ?

俺はいつも面倒くさがりで、

いつも責任引っ被るのが苦手で、

被るとしたら、仲間と呼ぶべき奴らの尻拭いで、

…………。

何で、こんな事になったんだ?

俺は確かに何をする気にもなれなかった。

”頭が良い”が成績が良いの学校が嫌いで、中坊にも関わらずバイク乗り回してた。

時々行っては白い眼で見られんのがたまんねえから、最先端の自宅勉強にした。

そんな俺が、何で最初、優璃を助けようと思ったんだろう?

自分が善い奴だとはさらさら思ってねえ。そんなんだったら学校行ってるし。

それなのに、優璃が行き倒れと分かったら家に連れ帰ってた。

別に優璃を何しようとは思っていなかった。

体力回復したら勝手にどっか行くと思ってた。

だから変に辛辣な言葉をかけた。が、彼女はめげず、ここを立ち去ろうともしなかった。


「ほんと……変な奴…だ」


血。

血がまた出る。

横隔膜を動かして人間は呼吸し、筋肉に力を入れて人は言葉を喋る。

だからその微妙な振動でも耐えられないほど、俺の身体は壊れていた。

内蔵裂かれてんだから、当たり前といっちゃあ当たり前だが。

まさかナイフが当たるとは思わなかった。

普通喧嘩で使うのは殴打するものだ。

どっかの長くて硬い物の方がやりやすいから。

それなのに小降りのナイフを使うとは思わなかった。そのままで傷害罪、悪けりゃ殺人だから。

どこかで、慢心してたんだろう。きっと……。


「ユウ、ユウ!!」


優璃……。

何の心配してやがる?

元々俺達は赤の他人。半月ほどしかいてねえ見知らぬ者同士じゃねえか?

そんな俺に、熱い水吹っ掛けてんじゃねえよ……。


「馬鹿だよ、……お前は」


人間は三分の一で血が流れたら死ぬと言う。

もうそれぐらい出ていてもおかしくないのに、何でまだ生きてるんだろう。

応急処置をしたからとはいえ、既に2リットルは消えてんぞ?

しぶとい時は、しぶといもんだなあ……。

はやくこの熱さから逃げたいもんだが……。


「……う……ぅ…」


段々と、聞こえなくなってきた。

鉄の味も薄れ、熱さもぼんやり、目は霞む……。

霞むのは、きっとアイツの涙だろう。

……馬鹿な奴だ。こんな俺を泣くなんて……。

ああ、そういえば村井達に最後言うの忘れてたなあ……。

あいつら、いきなりいなくなって大丈夫だろうか?

俺たちゃぁ御堂さんだけが頼りなんです! とか何とか……

そりゃあお前らと一緒に走ったりしたさ? けど、そこまで依存しててどうするんだよ?

俺達は他人。いつ裏切られっかはわかんねえと言うのに。

……それでも、それでも信じると言うのを教えたのは、俺だけどな……。

死ぬのを恐れて生きてられないように……。

裏切んの怖がって信じられなかったら、人として終わりだしな。

……優璃…………。

お前のこと、本当にどうとも思ってなかった。

それでもお前が居た事で、俺の領域は削られたなあ。

逆に言やあ、家の孤独がなくなったけどよ。

お前は、足掻いて、もがいて生きろよ?

お前の命は俺が拾ったんだ、だから、俺の言う事聞かねえといけねえぜ。

お前は、お前で生きろ。

俺は、俺で死んだから、な?




…………じゃあな……。



















   彼は……


      死んだ……。




         私の呼び声に応えず、



            あっさりと、死んでしまった。







            私の拠り所は、消えてしまったのだ。



            もう、私には誰にもいないって言うのに。





冷たくなる骸。



これに入っていたのだから、これのSYTEMが消えたら総ては終わる。



人間の知覚範囲上、それは終わりだ。



総てが無に帰し、何も見えず、何も味わわず、何も触れず、何も匂わず、何も聞こえる事はない。


それどころか、それすらを考える事すら無理だ。


絶対無。


総てが消える。意識すらも……。








「嫌、だよ……」






それを、私は拒んだ。





「ユウが死んじゃうなんて、嫌だよぅ……」





頑なに、受け入れたくなかった。





「ユウが……好きなんだからぁ……」




例え死ぬと言う、嫌になると言う別れを危惧しようとも、

傷付けられると分かっていても、ちょっぴりの時間、ひとときでも一緒にいたい……。


それがユウの、好きの持論だった。




私は、違った。





「何を犠牲にしても、構わない。

例え、総てが焼き尽くされても、それでも、ユウがいるなら、構わない。

……ユウがいてさえくれれば、何もいらない……」




例えこの身が消えても、この身体が焼き尽くされても良かった。

私の、ユウに対する”好き”はそういうものだった。

何を犠牲にしても厭わず、何が壊れても、守り通したい。

総ての欲求とも言うべき最たる所に、私の”好き”は在った。

ユウが、私の中から消えて欲しくなかった。

私が、ユウの中から消えて欲しくなかった。

だから……。





「化け物で、構わない。」






化け物と呼ばれた由縁は、何だったのか。





人間ではないと蔑まれたのは私のどの部分だったのか。






総てを捨てて、卑しいアヤカシへと堕ちよう。






御堂、優。





私の愛しい、人よ。





さようなら。そして、こんにちわ。





T am YOU.






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