彼は風のように消えてしまったいた。
彼が自宅の廊下で倒れて、アタシが泣いて泣いて泣いて。
ようやく救急車を呼ばなくてはいかないことに気づいて。
電話線が切れていたから、隣人の電話を借りようとして。
外に出て、戻ってきた時に、後ろの家から彼の家に火事がうつっているのを見て。
狂ったように叫んで、ようやく呆然として落ち着きを取り戻したのは彼の家が全焼した時だった。
不思議な事に、彼の家だけが綺麗に燃え尽きてしまった。
変な話だった。
彼の親は見たことなかったし。
彼自身もあまり自分のことを話さなかった。
だから、彼は一体どうなったのか全然わからない。
お葬式も何も無い、ただ学校の机の上に花束が置かれただけだ。
先生もあまり深い事情を知ってるわけでなく、そういった事は「実家」でするらしい。
とだけ言ってその日のホームルームは終わった。
犯人は、降矢さんというあの彼と小難しい話をしていた黒髪の女の人が捕まえたらしい。
後で学校で会った時、そう教えてくれた。
どうやら彼女は警察だったらしい、でもアタシには犯人が誰か、捕まったとか絶対に他言無用だと念を押された。
やっぱりアイツの知り合いである以上、変な人だった。
そして深々と頭を下げた。
「……全ては、私たちのせいです。本当に申し訳ありません」
いいんだ。
謝ってもらったってアイツが返ってくるわけじゃないし。
アイツはきっとうじうじ泣いているアタシなんかキライだと思うから、アタシはなるべく普段どおりのアタシでいようとした。
でも、事情を知ってる桜庭ちゃんと二人きりだと今でも二人で大泣きしちゃうけど。
…ここまで来るのに、丸一ヶ月かかったしね…早いんだか、遅いんだか。
もうめっきり梅雨もあけて、夏。
夏休みだというのに、学校へ制服で向かわなければならない、ああ、生徒会なんか入らなればよかった。
じわじわと額に汗がにじんでくる、アスファルトから湯気が立ち上ってる、空を見ると悔しいくらいの快晴で、入道雲がこれでもか、と夏を主張する。
アタシは一つ首からお守りをぶら下げていた。
アイツを昼休みぶん殴った時に、ポケットから落ちた変なパーツ。
形がアイツみたいで馬鹿らしくて捨てれなかった…返すことも出来なかった。
なんだか、ずっと一緒にいるみたいで。
後で知り合いに教えてもらったんだけど、このパーツ『トランジスタ』っていう機械の部品なんだって、でもこんなおかしな構造なのは見たことないそうで。
機械音痴のアタシには関係ないけどね。
なんだかその時のことを思って苦笑してしまった。
電車をおりて商店街を抜け、街道の坂道をてくてくと下る。
隣では自転車の子供が騒ぎながら坂道を下っていく、知り合いだったので車に気をつけなさい、と注意すると元気な声が返ってくる。
なんだか妙な満足感を覚えた。
あの夜、この街では大事故がおきた。
大型トラックがガソリンスタンドに突撃したのだ。
もちろん大爆発を起こして…死者も何人も出たそうで。
不幸中の幸いだったのが、雨が降り続いていたので火事が予想以上に広がらなかった事、これが乾燥していた空気ならもっと悲惨になっていたみたい。
でも結局火事が数箇所起こった後、今まで倒れていた意識不明の人は全員目を覚ましたんだって。
…不思議な話。
ようやく坂道を下り終える、足首が少し痛くなってしまった。
時計を見ると約束の時間までまだ少しある。
近くの公園で休む事にした。
「あれー?桜庭ちゃん」
「あ、近松さん」
先客がいた。
淡いピンク色のショートヘアー。
アタシにはどう考えて身につかない、おしとやかさが体かにじみ出ている。
…うーん、お嬢様って感じだなぁ。
「どうしたのこんなところで?」
彼女も自分と同じように制服だった。
「実は図書委員の緊急収集がかかってしまって…」
「えー?そんなのあるの?大変ねぇ」
「近松さんも生徒会の集まりが毎日あるんですよね、大変でしょ?」
「うーん、文化祭とか見回りとか…うちの学校にも悪い奴はたくさんいるからね、バイクで二人乗りとか見てるとドキドキする」
「うふふ」
なんて、可愛らしく笑う。
きっと彼は桜庭ちゃんのことが好きだったんだろうな。
って思う、だって彼女は完璧だもの。
「それにしても、暑いですね〜」
「あー、うん。アタシ溶けそうよ」
「あはは…あ、あそこにコンビニありますけど、私何か買ってきましょうか?」
「あ、アタシも行くよ」
公園の日陰ベンチから一歩日向に出るだけで死ぬほど暑い。
汗がどっと噴出しそうな気分だった。
「…うぁ〜」
「ふぇ〜」
隣を見ると、隣もへばっていた。
こんなので沖縄やハワイに行く人の気が知れない、絶対もっと暑いと思う。
「は、早く行こう、アタシ本当に溶けちゃうよ」
「は、はい〜」
情けない返事とともに、二人はコンビニを目指す。
自動ドアの音と共に冷ややかな空気が体を冷ましてくれる。
「あ、あの…と、当店には…そのようなものは…」
と、いきなり妙ちくりんな光景が目に入ってきた。
「馬鹿野郎!俺はカキ氷が食いたいんだ!」
帽子を目深に被った男が、カウンターに前乗りになって店員に何か言い寄っている。
店員の女の人はうろたえるばかり。
「アホか!夏にカキ氷が無いだと!?責任者を呼べ!」
「え、し、しかしですね…」
「ああ!?弁当チンするくせにカキ氷をださねーだと!?俺のガリガリ君をガリガリっと削ってカキ氷、フロートにしてくれよ!」
名前が変わっていた。
「あ、あはは…何か変な人ですね」
「…本当ね、まるでアイツみた…」
っていうか。
アイツじゃん。
「…あ!」
思わず、声がもれた。
その声に反応して男の人もこちらを向く。
「よぉ、何してんの。お前らも店員にカキ氷を断られたクチか。それとも俺にパピコ奢って欲しいのか」
アタシたちは彼に飛び込んでいった。
「ぐえ!?」
「馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!」
「い、いままでどうしてたんですかー!」
押し倒した上、馬乗りになる。
「痛ぇ!なんだそりゃ、あー。そうか、まだこの町には俺の噂が飛び交ってなかったか」
「う、噂?」
押し倒された状態で彼はアタシたちにピースサインをした。
「実は葬式中に蘇ったのだ、ピース」
「………は?」
固まる。
そりゃそうよ。
そんなこと言われたら。
「馬鹿―――!!!」
思い切り、今までの分も込めて顔をビンタした。
バッッチィィィィンッ!!!
「んぎゃあああああああああ」
顔には綺麗にもみじの後が残った。
「な、何すっだ、おま…」
ぽたりぽたり、と涙が彼のシャツの上に落ちていた。
「…本当に、心配したんですから」
「ずっと、ずっと、死んだんじゃないか、と思って」
「がはは、俺があんなことで死ぬか」
「馬鹿」
「ていうか、どいてくれ、このままじゃお前ら痴漢ならぬ痴女になるぞ」
「…あ」
ようやく現在の自分たちがしている状況に気がついて。
「全く、人が一人蘇ったくらいで大げさな」
「大げさになるわよ!」
「マリオが生き返ったからってお前ら驚くのか!?」
「…ほんもの、ほんものですよぉ…」
あ、どさくさにまぎれて桜庭ちゃんが抱きついた。
でも身長が桜庭ちゃんの方が背が高いから、アイツの顔が胸に。
「ぐへへ」
…なんかむかつく。
アタシも、後ろから彼の耳に囁く。
「…アタシさ、アンタが死んじゃった時にいったんだ。…なんでもするから目を覚ましてって」
「うおわ!お前どこでしゃべっとるんだ。…俺もしかしてあの時入れる薬間違えたかな…」
「だから…これからは、アタシをなんでもする奴隷として使っていいから」
「はぁ!?」
「なっ、なっ!近松さんなんてことをををを」
確かコイツの家においてあったえっちな本にそんなことが書いてあったような。
…ちょ、ちょっと恥ずかしいけど、これぐらいしなきゃ桜庭ちゃんには勝てないはず。
でも、彼は一瞬驚いただけで、ふふふ、と不気味な笑いを浮かべる。
「…言ったな、言ったな。…じゃあまず、毎日俺を起こしに来る事だ…」
「アンタ今どこに住んでるのよ」
「うぐっ!…じゃ、じゃあ俺のいいなり(ピーーーー自主規制)だ」
「…?」
「あの、にん(自主規制)き、ってなんですか?」
「二人とも知らないのね」
彼はどばっと涙を流した。
「―――とにかく」
ぐっと、腕に力を込める。
彼は苦しそうに顔をゆがめる。
「…今まであたしたちを心配させた分の借りは返してもらうわよ」
「そうですー、いっぱいいっぱい返してもらいますよ」
「嫌じゃ」
するっと、彼はアタシたちの腕を抜け出してコンビニの外へ逃げ出した。
「ああ!」
「ま、待ってですー!」
アタシたちも走り出す。
夏。
本当に変な奴だけど。
またここから、何かが始まるような、そんな予感がしてた。
彼が何か抱えてたとしても、次はそれを取り除くお話。
終わらないんだ。
だって。
知り合いの人が言ってた。
トランジスタは、電量増幅器なんだって。
じゃあずっと気持ちが増えていくばっかりのこれは…きっとトランジスタ。
恋はトランジスタ。
「大体なー!俺は実家に血のつながってない十二人の妹と、幼馴染と、許婚とメイドさんがいるんだーーー!!!…んごはっ!?」
放り投げたバッグが、夏の太陽に重なってから、ゆっくりと彼の頭に命中した。