記憶の中に咲くひまわりは、たくさん咲いていた。

その中で皆遊んでいた。

一人仲間はずれにされた俺は、そこにいなかった。

だから生き残った。

ひまわり畑は全て燃えていた。




One





飛行機乗りはいつだって命がけだった。

特攻する訳じゃないが、ちっぽけなエンジンタンクを撃ちぬかればもうおしまい。

すぐさま機体は海面に墜落。乗組員は海の藻屑だ。

だから、最初の戦いで半分が死ぬ、残った半分は生き残る味を覚え、死ぬ恐怖を知るから何回でも生き残れる技術を持つようになる。

俺だってそうだ。

一回目で航空学校の同級生を多く亡くした……それでも飛行機に乗ることをやめようとしない、国のため?誰のため?

それは…散っていた仲間のためだろうか。

それとも、死ねない自分のエゴなのだろうか。

やけくそ気味にバーのカウンターにおかれた琥珀色の液体を飲み干した。

ふと、気配に気づく。

「次はどこだ?」

「フランス」

俺は隣に腰を下ろしたつなぎの男の突拍子も無い台詞に返事を返した。

男は軽く手を上げると、俺と同じ飲み物を注文した。

「相変わらずテキーラのロックか、強いな」

「別に…酔わなきゃやってられんよ。重圧に潰されそうだ」

一言呟くと、ポケットから取り出したシガーに火をつける。

「フランスは強いぞ。奴らまた工場を作って新しい技術を取り入れてるらしい」

「知ってるよ、二翼のプロペラジェットだろ。旋回性が高い分軽い。二三発マシンガンくれてやれば堕ちる機体だ」

ふぅー、と白い煙をふかす。

「生きて帰ってこいよ」

「どうして」

「お前とジジィになるまでここで酒を飲みたいからだ」

「…俺はごめんだね」

ふふん、と笑いながら灰皿にシガーを押しつぶす。

苦笑、だ。

「そんなクサイセリフ、タバコがまずくなっちまうよ」

「この前もジャンが死んだ」

…。

場の空気が一瞬凍りついた、その状況で俺は、そうか、としかいえなかった。

「もう、お前ぐらいしかいないんだよ。俺んとこの工場に来る奴は。お前がいなくなったら、俺も食っていけない」

「結局自分のことか…まぁその方が気楽でいい」

ぐい、と酒を飲み干した。

軽い氷がグラスがぶつかる男が店内のジャズミュージックに重なって消える。

「人の為に戦うとかいうのは真っ平だ。重いバッグ背負ってたら俺の愛機は重量オーバーになっちまうんでね。

「…ふん」

男…ダンを残して俺はバーのドアを開けて外に出た。

明日には俺も空に散れるのだろうか。

残った方が罪な気がしてならない、死んだ方がマシだ、という言葉に嘘が無いことをずしりと感じた。

それでも俺は空を飛ぶ。






記憶の中に咲くひまわりは、たくさん咲いていた。

その中で皆遊んでいた。

一人仲間はずれにされた俺は、そこにいなかった。

だから生き残った。

ひまわり畑は全て燃えていた。

僕は離れていたから一人だけ生き残った。

本当は仲間はずれにされるような僕が生きて良いわけないのに。

ふと地面に咲いた、一厘のひまわりを見つけた。

そうか君も一人生き残っちゃったんだね。

共にいる、ということを忘れた僕らは、一つだけ生き残った。

孤独だったから?






翌朝目覚めた時、やはり体にはいつもの閉塞感が残っていた。

うなされていたのか、体にはたくさんの汗をかいていた。

昨日、酒を飲んでいる間は忘れていたが、こうしてふと酔いが消えればしっかりと自分の体が恐怖と重圧と頭痛に支配されていることに気づく。

ベッドから飛び起き、ガタガタと震える体を抱きしめながら、洗面所で思い切り吐いた。

自分の中のものを全て吐き出すと、すっきりして、虚しくなった。

「…っ、はぁ、はぁ」

嘔吐物にまみれる口元をぬぐって、目の前の鏡を見る。

頬はこけ、目の周りはくぼみ、生命が失速しているように見えた。

蛇口を捻り、出てきた水を飲みほすと、随分マシになる。

気だるく、ソファーに身を預ける。

「…」

昨夜バーでは言ったものの、現実ではこうだ……。

「怯えてるだけじゃないか」

呟いて、手で顔面を覆うと、太陽の光からも現実からも逃れられる気がした。





―――生き残ったひまわりは、どんな目でひまわり畑を見ていたのか。







出撃は今晩。

夜まで余裕があったから、出かけることにした。

ドイツの町は今はもどこもかしこも右翼だらけだ、緊縛した雰囲気と硬そうな男が街を支配している。

石畳をブーツで叩く音は軍足の証。

途中俺も声をかけられるがいちいち構ってられない、大体空軍のエースパイロットがそんなにすごいのか。

エースなんて名ばかりだ、実際五年も生き残ればすぐにそうなる。

まるで四角い箱に閉じ込められたような町から、一歩外に飛び出すと、そこにはまだ未開拓の草原が広がっている。

このギャップが、なんともいえない。

久しぶりの太陽に目を細めながら、ゆっくりと川の近くに腰を下ろした。

工場臭い空気は空に黒く流れ、眼下には自然の景色が広がる。

もう俺の産れ故郷は戦争でなくなってしまったが、確かこんな感じだった気がする、もう云年前だから記憶もおぼろげだが…。

「ひまわり、か」

そうだ、どうして故郷に似ているのか気づいた。

普通は群集で咲くイメージが咲くひまわりだが、側にあったのはまるでそこから外れたような一厘だけの黄色い太陽。

故郷には黄金色のひまわり畑があった、子供の時はよくそこで遊んでいた気がする。

それにしても、一厘だけで故郷を思い出すとは。

この突き抜けるような何にも染まらない黄色はたいしたものだ。

そういえばこの俺とこの花は変な因縁がある。

上記にはその通り、後一つ俺の愛器の名前は[SUN AROUND」陽を周る、だ。

ここまで来ると何かこの花と俺とは前世でなにかあったのかもしれない。

気がつけば、赤い夕暮れ。

そろそろ自宅に戻って準備をしなければならない。

だけど、今はずっとこの景色を見たかった。

次があるのかどうかわからない、今だからこそ、この景色が桃源郷。

一厘だけ咲いていた花をつんで、ゆっくりと俺は四角い箱の中に帰っていった。





―――咲いて散るまでが遅いか速いかなのに。

―――俺は、生き残ってしまう運命にあったのか。

―――それは幸運なのか、残酷なのか。






軍部で軽いミーティングが終わった後、静かに皆現場に向かう。

言葉は無く、静か。

機械的な音だけが閑散とした倉庫内に響く。

ゆっくりと狭い機体にのりこめば後は出撃を待つだけである。

どれくらいたったろうか、永遠とも思える長い時間の後、出撃を知らせるライトがゆっくりと灯った。

「死んでくる」

地面にそう言い残し、わずかの時間地面から離れる旅に出る。

一瞬のことだ。

空に飛び出すと、雲を越える、そうすれば星空がお出迎えだ。

内臓された無線機からノイズ交じりのメッセージ、それに合わせて変体を整える。

ドイツ上空からひたすらに西へ飛ぶ、任務は火薬軍事兵器工場の破壊だ。

夜間戦闘の隠密行動。

突き抜ける風が研ぎ澄まされた針のように体に突き刺さる、それに耐えて速さをあげていく。

『見えたぞ、目的地SUN FLOWER』

その声に驚いてしまった、そう言えば今回のミッション目的のコードネームはSUN FLOWERだった。

『どうした、反応しろ』

「あ、ああ、確認した」

かすれる声で答えた後、俺達は工場へ突っ込んでいく。

カッ、とライトが当たるが気にしない、どうせ後にも先にも発見されるのだ。

機影を見つけられても、装弾時間に数秒かかるその間に武装を解除させる。

つまり、備え付けの兵器を狙う。

思い切りハンドルを下に倒して地面すれすれを飛ぶ。

トリガーを引くと、前方で花火が上がった。

それは相手にも引火し、標的の高い塔のようなものは下からぽきりと折れた。

『警報!警報!未確認舞台確認!管制塔をやられた!応援を頼むっ』

統率場所を崩せば、しばらくの間時間は稼げる。

先方部隊の俺達が暗闇の戦場を駆け抜けた後、爆撃部隊が工場を襲撃する。

そうすれば、コードネーム通りにSUN FLOWERが夜に浮かび上がるはずだ。






………だが、一度旋回してみると、様相は全く変わっていなかった。

むしろ工場の場所以外のところで、黒煙があがっている。

「!?爆撃部隊はどうした!?」

『た、大変だ!イギリスの空軍が来てる!』

「なんだとっ!?」

一瞬頭がパニックになった。

イギリスだと!?…西ヨーロッパ最強の空軍だぞ!

『まずい!あいつら、ブラックバードだ』

「馬鹿な!どうして感づかれる!」

『もともと包囲網をしいてやがったのか!?』

そんな馬鹿げた話があってわかるか、今回の任務がばれていただと?

「とにかく、一旦引き返すか?」

『…いや、本部からはGOサインが出てる』

計器を思い切りぶったたいた。

「馬鹿な!軍長は俺達を殺すつもりかっ!?」

『どっちにしろ、奴さんもこっちに向かってきてる!こいつらは尻尾まいて逃げて許してくれるような連中じゃない!』

「ぐ…」

『正面からぶち当たって、そのまま闇にまぎれるしかない』

それを最後に無線機は途絶えた。

見ると前方で一機味方の飛行機の色が下に堕ちているのが目に入った。

先ほどまで話していた奴だ。

「ロイマァァァーーーーーーーーッ」

漆黒の闇にまぎれる鳥、イギリス空軍の中でも最強の呼び声高い三番隊ブラックバードがそのくちばしを光らせる。

「てめえら、一人残らずぶっ殺す」

月明かりの下、ドッグファイトのゴングが鳴らされた。

まずは真正面から飛んでくるバルカンを軽く右に旋回して交わし、挨拶代わりに機銃をくれてやる。

甲高い金属音の後、飛んできた黒い鳥の一匹が地面に叩きつけられた。

荒い息、まだ終わっちゃいない。

二匹が一匹の死を気にもせずにこちらを挟みにかかる、仲間の墜落を気にしない、か。

こいつらきっと血の代わりにオイルが流れているんだろう。

風切音をたてて、つっこんでくる相手、こちら側も逆につっこんでいく。

流石に面食らったのか、慌てて機銃を発射してくるが後の祭り、二機の間をすり抜けて先ほどの工場に向かう。

駐車場の間は狭い、いくら奴らが黒い鳥でもこの場所で二機で戦うのは不可能だろう。

すり抜けて反対側に出ると、迂回してついてきた一機ずつを機銃で沈める。

「ドイツ空軍のエースをなめるな!!」

続けざまに下から上空へ急上昇、上にいた三機を沈める。

これで六機だ。

「残ってる奴はいるか!後相手は幾つだ!」

『…』

しかし、反応は無い。

横から下を見ると、多くの炎が工場の周りに上がっていた。

「…」

それが、工場に引火する。

がんっ、と低音を上げて眼下に大きな爆炎があがった。

「…」

そして、胸ポケットに入れていたあの摘んだひまわりが視界に入る。





ああ。

なんだこれは。

まるで。

「まるで、ひまわり畑じゃないか」

そう、目の前にあるのは夜に咲いたひまわり。

ああ、そうか。

人は死ねばひまわりになる。

ひまわり、になるんあ。

赤や黄色い光をあげるひまわり畑。



―――ガガンッ。

その時、後ろから何かの音がした。

ああ。

打たれたんだ。

バランスを崩し堕ちていく俺。

このまま、堕ちれば俺もひまわりになれる。













目覚めた時、愛機は水に浮かんでいた。

地中海、だった。

どうやら神様はどうにも俺を生きながらえせたいらしい。

それとも、俺の本能が死を自動的に避けたのか。

「…ひまわりに、なれなかった」

結局俺はあの町の外に咲いていたひまわりなのだ。

故郷のひまわりは全て燃え、生き残ったのはあの町の外に咲いていたひまわりだけ。

孤独の中で、ずっと裂き続けていかなければならないのか。







―――俺は、HIMAWARI畑に、いたかった。

―――だって、一人で生き延びて、なんになるんだ。



地中海に浮かぶ月を見ていると、涙がとまらなかった。


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