パワプロ13VtSSです。
クソ短いので、さらっとどうぞ。





「バレンタイン?」

そういえばそんなことになってたなぁ、と矢部君の一言で思い出した。
今朝からどうも教室の様子がおかしいなぁ、と思ってたんだ。
まぁあるはずもない期待に浮かれる男子達と、女の子同士でお菓子を渡しあう女子達。
いつもより休み時間が賑やかで、授業終わりで目覚めてしまった。
気持ちよく寝てたというのに。

「これだから…わかるでヤンスか?!バレンタインデーっていうのは、オイラ達にとってスーパースペシャルデイなんでヤンスよ!」
「はい、はい」
「ちゃんと聞くでヤンスよーっ!」
「聞いてるよ、でも悲しくなるだけじゃない?」
「何がでヤンスか!」
「だって、もらえるアテなんて、無いでしょ?お互い」
「それはそうでヤンスが…それでも盛り上がるのが男気でヤンス!そんな冷めた意見じゃ、寂しいでヤンスよ!」
「ま、確かに寂しいかもしれないけどさ」


あはは、と苦笑する。
大体知り合いの女の子が極端に少ない時点で敗北決定じゃないだろうか。
橘みずき、六条聖、三条院麗菜。

「ちょ、ちょっと、ほら、早く受け取りなさいよっ!!」
「せ…先輩…その……渡すものが」
「な、何をしてるんですか!さっさと手を出しなさいっ!」

…ないない。
ああ、妄想してみるだけしてみたけど、絶対にないよなぁ。

「は?バレンタイン?何それ?ああ、チョコくれるの?」
「外国の行事にさほど興味は無い」
「何故私があなたのような人にチョコを渡さなくちゃならないんですの?」

これだ。
絶対こっちの方がしっくりくる。
現実は非常だなぁ。
いや、みずきちゃんは義理目当てで部員にチョコばらまくかもしれないなぁ。
とにかく、ロクな目には合わなさそうだから期待しないでおこう。

「…矢部君、期待したらあとで辛いよ」

「何を言ってるでやんすか!誰か一個ぐらいチョコくれるかもしれないでやんすか!!甲子園に出たでやんすよ!!」

昨年、二年の夏に俺ら聖橘学園は何の手違いか甲子園に出場してしまった。
しかも初出場でベスト16になったもんだから地元と校内はお祭り騒ぎになった。
俺も先発として全試合投げてたからテレビにも映ってたし、一時期はちょっとした有名人になったけど。
まぁそんなものは瞬間的なもので、一発屋の芸人と同じくしばらくすればもうその波も収まった。
矢部君はいまだにその時のちやほやされっぷりが忘れられないらしい。
俺としてはロクなもんじゃなかった。
電車とかにのってるとひそひそ話されるし、知らないおばちゃんに話しかけられるし、別の野球部員に悪口言われるし…はぁ。
俺自身も別にそんな目立つキャラでもないから、おとなしくしていたいのだ。
まぁ大人しくしていた甲斐あって、もう生活は普通に戻っている。
でも、甲子園にはなんとかまた出場したい。
だって高校球児だし。

ま、そんな感じで今日ももう昼休みで俺は弁当をのそのそと食っていたが特に何も無し。
矢部君は昼飯もほっぽりなげてさっきから挙動不審である。
…怪しいよ、矢部君。

「世の中には浮かれてる奴がいっぱいいるでヤンスのに、何故おいら達はこうでヤンスか!」
「仕方ないよ、矢部君も俺もそんなにルックス良い訳じゃないし」
「……人に言われるとムカツクでヤンスね」
「ほらほら、昼飯食べようよ。部活でばてるよ?」
「勝負は放課後でヤンス!きっと、おいらのエンジェル達は恥ずかしがって渡せないだけでやんす!」
「エンジェルって…君、いくつだよ矢部君」


まぁ、そんな矢部君の目論見があたることもなく。
部活の時にため息をつく眼鏡が一名。
グラウンドの土をとぼとぼと歩きながら外野へ向かっていく。

「はぁ…やっぱりそうでやんすよねぇ」
「いい加減他の皆を見習ったらどう?みんな割り切ってちゃんと練習してるよ?」
「なんででヤンスかねぇ、みんなオイラと一緒に昨日は騒いでたのに…」
「まぁ、そうやって騒げる口実がほしいんだよ、みんな本当は期待なんかしてないんだから」
「でも皆は昼休みにもらったって言ってたでヤンスよ…義理でヤンスけど」
「そりゃあもらえる奴もいるだろうに」
「なんで、おいら達は義理も無いでヤンスか!!」
「そりゃあ矢部君があれだけ騒いでたら女子も引くって」
「………わーお、でやんす」

「大人しくしとくのが、吉だってことかなぁ。矢部君は騒いでる上に変なオーラ出てたから。多分そんな矢部君と一緒にいたから俺ももらえなかったんじゃない?」
「おいらのせいだって言うでヤンスか!」
「いや、別に俺もそんなに、だし。ほらお返しとか面倒じゃない?」
「何を言ってるでヤンスか!!そんなめんどくさがってるから駄目なんでヤンスよ!」
「お菓子だけ返して、それでいいのかなあ、的なところもあるだろ?小学生じゃないし」
「え?駄目なんでヤンスか?」
「いや、その本当にチロルチョコみたいな義理だったらいいけど、なんかもっとちゃんとした義理だったら流石にお菓子とかじゃさぁ」
「それはもう本命なんじゃないでヤンスか?」
「でも本人は義理って言ってる訳よ」
「えらくリアルな話でヤンスね、まさか…」
「妄想だけど」
「………信用できないでヤンス、オイラの持ってるゲームでは大抵この手の男がモテるでヤンス」
「ゲームと現実を混同しないでくれよ」
「それはもうただの本命って言えない義理に見せかけた本命チョコでやんす!!」
「なんていうかお菓子作りが好きな子だったらどうする?」
「…うーむ、考えすぎじゃないでヤンスか?っていうかまずチョコもらえないのにその後の話をするってのが悲しいでヤンス」
「まぁ、それはそうだけどさぁ。希望っていうか、なんていうかそういう」



「こらあああああ!!!!外野さぼるなぁっ!!!」


橘みずき様の怒声がグラウンドに響き渡った。
ちなみに俺は投手だけど外野守備もやるよ、みずきちゃんと交代した時のために。
危ない危ない、と矢部君から離れて所定の位置につく。
そういえば、みずきちゃんなんだか今日は調子が悪いなぁ。
いつものなら普段のバッティングでそれを出せよ!と言わんばかりにノックでかっとばすのに、今日は外野までボールが届かない。

「みずき、どうした。芯に当たっていない」
「そうですわよ、これなら私がした方がマシなんじゃないですの?」
「うっさい麗菜!いくわよ外野ーーっ!」

コキン。

「キャッチャーフライだぞ、みずき。これじゃ捕殺の練習にならない」
「うぅ……」
「いったいどうしたんですか?今日はボロボロじゃないの」
「寝不足なのよ…ふぁぁ…大体あんた達も目の下にクマできてるじゃないのよ」
「気のせい」
「なっ!そんなことないですわっ!」
「………むぅ」
「それに、みずきならわかるだろう?私は洋菓子を作るのがあまり得意じゃないんだ」
「聖…やっぱり?」
「結局渡すタイミングを見失ってしまった、不覚」
「矢部さんとずっと一緒にいるものですから、アクションを仕掛ける暇もないんですのよ」
「あの眼鏡本気で邪魔!」
「みずき、声がでかい」
「まったく、普通にしていれば矢部さんにあげるんですが、ああまでなられると、普通に渡せませんわよ」
「その通りよ」


「…あのさぁ、みずきちゃん俺変わろうか?ノッカー」

ビョーン、と三人が地面から30cmほど飛び上がった。

「な、な、なーっ!」
「せ、先輩、いつからそこに…」
「気配を隠さないでくれますかっ!」

「い、いや、三人とも話に夢中だったから…何の話してたの?」

「あ、ね、ねー聖、スイーツ、そうスイーツの話よ!」
「そ、そうともいう、うん」
「そうですわ、お、美味しい店があるっていう話ですわよ」

「なんだ、チョコの話じゃないんだ」

「は?」
「何を言っているんだ先輩」

「まぁ、そうだよね……で、ノッカー変わる?みずきちゃん」

「で、できるわよ!!早く外野に戻りなさい!!」

怒声で押し戻されてしまった。
どうもみずきちゃん今日は機嫌が悪いらしい。
その後もなんとなく、精彩を欠く今日のみずき大明神であった。
気になるといえば、なんとなく麗奈ちゃんも聖ちゃんもやけにあくびが多い。
まだまだ春は先だというのに、すでに春眠なのだろうか。
旧暦でいえば、すでに春ではあるのだが。


結局放課後まで何も無く、今年のバレンタインも矢部君と二人で帰宅と相成った。
すっかり日は暮れて暗闇が辺りを支配する。
冬の街灯が寂しげに煌いていた。

「なんでオイラが男と帰らないといけないでヤンスか」
「そういうなら、早く彼女を作ればいいじゃない」
「かわいい女の子に声をかけても、無視されるでヤンス」
「まぁ、この学校ではもう矢部君の噂は広まってるからなぁ」
「噂?」
「ヤバイ人っていう」
「ひ、ひどいでヤンス!」
「まぁまぁ、そのうち誰か話しかけてくれるよ」
「男に慰められても嬉しくないでヤンス!」
「やれやれ…じゃあ、俺が矢部君にチョコやるからそれで勘弁しなよ」
「男同士でチョコの渡しあいでヤンスか。悲しいでヤンスねぇ…」
「去年もやったじゃないか、半ばやけくそ気味に」
「来年こそは絶対にしないと誓ったでヤンスのに…」


白く明るくぼやけた建物に入っていく二人。
その後ろに電柱に隠れながらついてきた三人。


「…二人してコンビニに入っていきましたわよ」
「何を話してたのか気になるわねぇ」
「結局、ずっと矢部先輩と一緒にいますね」
「できてるんじゃないのあの二人…」
「ま、まさかぁ」
「男と男が愛し合うのか?」
「……そうまっすぐに聞かれると、ええ、としか答えられませんけど」
「聖は真っ直ぐ生きてきてるから」
「なんだか、馬鹿にされてる気がするんだが」
「そうじゃないですわよ」
「大体、聖も麗奈もなんでアイツなのよ」
「し、仕方ありませんわ。理由なんてないですもの」
「先輩、優しいし、色々してくれるから」
「じゃあ義理でいいじゃないの!」
「義理の意味がまだわかりかねてるんだ、嘘という意味なら渡したくは無い。先輩には感謝してる」
「…真っ直ぐですわねぇ」
「好きな人に渡す行事と聞いた。ならば問題ないだろう。先輩のこと私は好きだぞ」
「う……わ、私この子にはかなわない気が一瞬しましたわ」
「ちょっと麗奈、何くじけてんのよ!」
「うう…私そこまではっきり恥ずかしくて言えないですわ」
「麗奈先輩、思う気持ちがあれば、いいと思う」
「なんだか今日は聖が大きく見えるわね」
「みずきも素直になればいいのだ。この前私の家であれだけ愚痴を言ったのに」
「愚痴?」
「あ、あれは忘れなさいっ!」
「しっ!二人がコンビニから出てきたわよ」

ウィーン。

「…ああ!?」
「ど、どうしたのよ麗奈!見えない!」
「先輩が矢部先輩にチョコ渡してる」
「ええええええええええええええ」
「な、なんてこと…」
「やっぱりそうだったのね…」
「どうしたんだ二人とも」
「まさかできてたとは…」
「あああ…考えたくもありませんわっ!!」
「??あ、矢部先輩が帰った、私は渡してくるぞ」
「ちょっと待ちなさい聖!!」
「何をするみずき」
「邪魔をしたら野暮というものではありませんこと?」
「先輩が誰のことを好きだろうが、私は先輩のことが好きだから渡してくる」
「ああ!ちょ、ちょっと」
「も、もう仕方ないわねぇ」


「はぁ、アニメのビデオ録画し忘れたから帰るって…そういうところが多分モテない原因なんじゃないかなぁ」
「先輩」
「…あれ?聖ちゃん、どうしたの?こんなとこで」
「今日は、好きな人に洋菓子を渡す日と聞いた」
「…ん?ま、まぁそうだけど」
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
「な、なんて力なの…」
「あれ、麗奈ちゃんにみずきちゃんもどうしたの」
「う、え、ええと、その」
「ま、まぁその一つももらってないって話だからかわいそうだから義理チョコあげようかと思って」
「…え?!ま、マジで?!」
「そ、そんなに喜ばないでよ、義理なんだから」
「まったく男性は単純ですわね」
「いやー、嬉しいよ、ありがとうな」
「洋菓子を作るのはあまり得意じゃなかったから、出来はよくないんだが」
「手作りチョコなんて初めてだったから、自信ないけど…」
「市販ですが、高級チョコをお持ちしましたわ」









翌日。
同じように教室で弁当をもぐもぐと食べていた俺は矢部君に昨日の話をしてみた。

「で、それは自慢でヤンスか」
「だって矢部君途中で帰っちゃうもん、もったいないなぁ」
「何が義理でヤンスか!!義理でそんな気合の入ったチョコ渡すわけがないでヤンス!!」
「だから言っただろ?義理でもすごいのきたら、何を返したらいいものやらって。なぁ矢部君どうしたらいいと思う?」
「知るかでヤンス!自分で考えろでヤンス!」
「そんなに怒らなくてもなぁ…大体あんなところに俺一人ほっぽり出して帰る矢部君が悪いんじゃないか」
「仕方ないでヤンスよ、昨日はスペシャルだったでヤンスからねぇ」
「あ、そういえば家に帰ったらポストにも俺チョコ入ってたぜ、へへー」
「な、何だと!?」
「来年も甲子園がんばってくださいってファンレターもらっちゃった、なんだかんだ言ってるけど嬉しいもんだね」
「くたばれでヤンス!!!」
「うわっ!!ちょ、まっ、箸を投げるなッ!!」


昨日、妹が夜に持ってきた飲み物にホットココア?って聞いたら、有無をいわさずぶん殴られた愚痴を言い損ねてしまった。


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