枯れ草の覆う地で、ただ朽ちていく荒城があった。静寂がその場を包み、時の存在をぼやけさせる。幾度となく過ぎ去った四季は、もはやこの城も自然の一部と認めたのだろうか、移り行く姿を色濃く投影させていた。
高い薄青の空は、うっすらとした雲のヴェールをまとい、すすきの群れをなびかせる風は、冷たく、また鋭い。
秋風に晒されたのは城の屋上もまた同様である。
吹き抜ける風のなか、その屋上で二人の男が相対していた。
一人は鴉のような漆黒のマントをまとい、凛と光る眼光をもう一人に向けている。
対する壮年の男は、いくつもの布が代わる代わる織り込まれている法衣――「リアクティブ・アーマー」に身を包み、底の見えない不気味な笑みを浮かべていた。
「アマデウス、分かっているのだろうな? 我々に歯向かう事の意味が、死ということを」
その男は、唇をめくり上げるようにして、いよいよ笑みを深めながら目の前の碧眼に問う。
しかし、碧眼を微たりとも動かさず、アマデウスと呼ばれた黒のマントは逆に問い返す。
「ラヴェル、貴様こそ……分かっているのか?」
「何がだ?」
「死、の意味を」
−2−
どこまでも、果てなど無いように広がる草原。
涼しい風が頬をなで、空に写る深い青は、彼方で緑の山脈と一つになっている。
その美しい風景の中、一羽の蝶がふらりと地上に落ちた。小刻みに痙攣しているが、もう長くは無いであろう。
アマデウスは、幼い大きな瞳を、隣に座る師――アリアの顔に向けた。
アリアは静謐な笑みを浮かべて、心配そうな顔をするアマデウスの頭を、慈しむように優しくなでる。
やがて蝶は動きを止めた。そよ風によってその体を微かに揺らされるのを除いて、それは完全に「止まって」しまったのだ。
アマデウスは目の前のそれを眺めたまま何も言わなかったが、アリアは思うところを見透かしたようにゆっくりと口を開いた。
「あの蝶は、遠くに行ってしまったのですよ、アマデウス」
「……遠く?」
「そう。遠く、遠くに」
「帰ってくるのですか?」
風が吹いた。柔らかい栗色をしたアリアの髪が流れ、アマデウスの鼻をくすぐる。
アリアはアマデウスの目を見つめて、言った。
−3−
「いつか還ってくる――」
うつむき、呟いたアマデウスに、ラヴェルは眉をひそめた。
「わけの分からんやつだ……最後までな」
言い放つや、ラヴェルの手が閃光を帯び、アマデウスに向けて雷撃が殺到する。
激突した雷光からは火花と煙が竜巻の如くに巻き起こり、劣化した石畳を瓦礫にして宙にばら撒いた。
その衝撃波は朽ち行く古城を土台から揺さぶるほどの破壊力で屋上から地下牢までを貫き、砂塵と音響を残して消滅する。
標的の消滅を確信し、ラヴェルは頬を歪めた。
しかし、その直後。後ろから押されたような感覚によろめいたラヴェルは、自らの胸を見て、悦に入ったたわみを恐怖の緊迫に変貌させ
る。
リアクティブアーマーを貫いて、一本の長槍が突き出ていたのだ。
「なッ……!?」
赤くぬめった刃を伝い、血がぽたぽたと足元に落ちる。
「――安心しろ。消えることは、無い」
後ろから聞こえたアマデウスの声は、まるで幼子に言い聞かせるかのように静かで、優しい声音をしていた。
ラヴェルは、力なくひざを折る。そして、そのまま頭を垂れ、完全に止まった。
死体となったラヴェルに背をむけ、アマデウスはマントを脱ぎ、それを依代に大鴉を召喚する。
先ほどまで吹いていた風はひたと止み、静謐を荒れ野にもたらしていた。
その静謐に載せるように、アマデウスは呟く。
「お師匠様……私は、いつ貴方にお逢いできるのですか……?」
アマデウスが乗ったことを感じ取った漆黒の羽が、具合を確かめるようにばさりと羽ばたいた。それに呼び寄せられるように、再び風が吹き始める。
その風に乗り、鴉は飛び立った。