「くそっ……樋口、先に行け!」
佐野はそういった。彼が動けないってのは、俺にも分かる。でも、置いて逃げることだけはしたくなかった。
「そんなこと、できない!」
「馬鹿! 今行かなきゃ、もうチャンスはないぞ!」
俺は首を横に振った。すると、彼は持っていたパンを俺に向かって投げ飛ばす。
「行けっ!」
「……くっ、すまない!」
俺は迷いを振り切るようにきびすを返して走り始める。
――佐野のためにも……勝たなくては……!
「やった!」
俺の叫びと共に、アナウンスが響き渡る。
「PTA競技、障害物競走、優勝は樋口くんのお父さんです!」
息子の笑顔が、グラウンドの向こうに見える。そこに、佐野も歩いてきた。
「まさかネットがあんなに引っかかるとは……」
「いいじゃないか。とにかく、これで白組は勝てるさ!」
俺は、誇らしげに胸を張る。久しぶりに、震えが来るな……
そう思って見上げた空は、すがすがしいほどの蒼だった。