今、目の前のソファーに、女の子が腰掛けている。
 年の頃十三、四ってところの、華奢で愛らしい美少女で、名前はさくら。
 大きな黒い真珠のような瞳は、澄んだ深い光をきらめかせ、輪郭を際立たせる栗色の髪は、ツインテールに結われて肘ほどまで流れている。
 目をうすい肩幅に向けると、そこに掛かる小豆色のボレロの下に見えるワンピースが、まだ未成熟な体の線を魅力的に映し出していた。すそから覗くひざがいじらしい。
 彼女は、今日の朝、ある一通の手紙とともにこの家に来た。
 その手紙は両親からで、曰く、「隠してたけど、妹です。よろしく」とだけあった。両親は政府のエージェントで、今もどこかの国で任務中らしいんだが…
 とにかく、こんなかわいい妹なら 百人いたって大歓迎だ!
「お兄さま」
 不意に、さくらが口を開いた。静かだが、鈴の音のように透き通った声だ。
「な、なんだい?」
 兄らしい態度を、などと思うが、やはり何となくわざとらしい。そんな俺を見てさくらはくすっと微笑みを見せた。天使がもしこの世にいたら、こんな感じだろうと思わせる。
「よかった、お兄さまがやさしそうな方で。お兄さまなら、きっとみんなも…」
「みんな?」
 俺が聞き返したその声は、背後の窓が割れる音にかき消された。
 単車のエンジンの爆音とともに現れたのは、紅のショートヘアーが際立つボーイッシュな美少女だった。
 彼女は空中でバイクを放すと一回転してテーブルの上に着地した。
 バイクは吹っ飛んで壁に突き刺さるように激突し、爆発とともにあたりに炎を撒き散らした。
「な…な…」
「お兄ちゃん!」
 口をぱくぱくさせている俺に、彼女は抱きついてきた。
「逢いたかったぁ…つばめだよ! お兄ちゃん!」
 つばめと名乗るその少女が叩き壊した窓から、次は金属がすれる甲高い音が聞こえてきた。
 塀を踏み潰して現れる履帯に、俺はその音の正体を見た。
「せ、戦車…!?」
 砲塔についたスピーカーから、案の定、女の子の声で、
「兄上! お迎えに参りました! 菊子でございます!」
 さらに、戦車が壊してきた家々の瓦礫の向こうから、砂煙とともに軍勢のような影が見える。
 地響きに混じって俺の耳朶を打つのは、無数の野獣の咆哮にも似た獰猛な、
「オニイチャァァン…!」
「ひぃぃぃぃ! い、あれも妹達かぁぁっ!! は、放せ、つばめっっ!!」
 がっちりと押さえられ、もがく俺を見下ろして、さくらは言った。
「総勢百名、みんな妹です。よろしくお願いしますね、お兄さま」
「うぎゃぁぁぁぁっ!!」

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