薄暗い礼拝堂で、レインは不安に消え入りそうな声で目の前の男に呼びかける。神父は、薄い微笑を浮かべて振り返った。
「どうしたのですか、シスター・レイン」
問いに、レインはやはり、瞳に恐怖を湛えたまま、
「悪魔は……ここに来るのでしょうか?」
「悪魔? はははははっ」
新婦は乾いた声で打ち笑った。そして、人の形相とは思えないほど口角をあげると、口の端から牙の様な薄く尖った歯を見せる。
「ひっ……」
後じさり仕掛けたようにレインの身が後ろに下がった瞬間、神父の体は胸から突き破れ、その中を飛び出して異形がレインに掴みかかる。半分にまで口が広がった顔を嬉々と歪め、ぬめった体を捕食への欲求に突き動かされるがまま、俊敏に迫る。
「きゃああっ!」
悲鳴と、異形の咆哮が重なったそのとき、その全てを突き破って、銃声が礼拝堂を貫いた。
異形はパイプオルガンに突っ込み、断末魔のごとき不協和音が鳴り響く。腰を抜かすレインの横に、その男は歩みを止める。
長鍔帽と長髪に隠された表情は全く伺えず、すらりとした漆黒のコートと、十字架を模した大型の拳銃はいづれも彼の正体を浮き上がらせない。
男は、レインを一瞥すると、静かな声で告げた。
「……下がれ」
しかし、レインがそれに返答するより早く、神父は男に踊りかかる。
神父は、数本のパイプを体に刺したまま、喉から呻きを上げつつ突貫をかける。
男は銃を向けると、続けざまに数発神父の頭部に命中させていく。それは頭蓋骨を砕いてステンドグラスを突き破った。神父はもんどりうって床に倒れ、長いすを破壊して側壁で止まる。
男は間髪いれずにさらに銃撃を浴びせつつ、神父の元へと近づく。
その頭上に、影が差した。
神父の体が、天上付近まで上がっていたのだ。
「危ない!」
レインの叫びが届く前に、すでに神父が落下を始めていた。男はわずかに首を上に向ける。神父はその体を一のみにせんと、異形の牙を唸りと共に剥いた。
激突音が、礼拝堂を揺らす。
神父の胸を貫いていたのは、男の左手だった。
神父は、口の端から小川のように血を流しつつ、その体を小刻みに痙攣させている。
男は、死亡を宣告するように、一言、二言、淡々と祈りの言葉を告げた。
そして――
「その魂に……安らぎを」
祈りの終句を言うと共に、手を引き抜く。
膝を突いた神父は、直後、前のめりに床にくず折れた。

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