真っ黒な闇のビロードが、星と月の刺繍を縫って広がる頃。ボクは美術館を見渡せる時計台の上に立っていた。
眼科では、赤い回転等がせわしなく動き回ってる。ふふっ、予告状が効いたかな?
動員の数も、いままでで最高みたいだ。皆、ボクを捕まえたがっているらしい。――でも。
「触れることは、出来ない」
「――星(せい)、準備いい?」
イヤホンから、美砂ちゃんがボクを呼び出す。ボクはインカムに向けて、不敵に言い放った。
「もちろん。いつでも飛び立てる」
「それじゃ、今日も行きますか!「ブラック・スター」!」
「うん!」
バックルを引っ張り、背中の羽を開くと僕は闇へと身を滑らせて行った。

−2−

「ふんふふふーん」
「こら、声でばれるから静かにしなさい!」
「あっ、ごめん、美砂ちゃん」
軽々と三階に侵入して、僕はお目当てがある2階へと向かっていった。
今回のターゲットは、イタリアで見つかった「ヴァージンブラッド」っていう宝石。乙女の血っていうことだけあって、美しく透き通った

赤の宝石で、話しでは「意思がある」とかって。かなり期待できそうかも。
お父さんの話しでは、六の財宝にはそれぞれ意思があるって話しだし。
願わくば、これが一つ目の財宝にならんことを……
「さて、と……」
二回の展示室。何かのセンサーが作動しているらしい、と美砂ちゃんが言っていた。ボクは、ふところからタバコを一本取り出して、火を

つける。そして、煙を――
「げほっ! げほげほげほっ!!」
「どっ、どうしたのっ!?」
「た、タバコ……」
むせて涙目のまま、ボクはかろうじてそれだけを喉からひねり出す。
「タバコ!?」
「スネークが……」
「バカっ! ゴーグル使え!」
「はぁーい……」
ボクは、タバコを携帯式灰皿に捨てると、腰のケースから多目的ゴーグルを出した。これは、暗視用、望遠、サーマルなどなどいろいろな

機能がついた、美砂ちゃん特製ゴーグルだ。
「どれどれ……」
ゴーグルをかけて、暗視から赤外線に変えると、部屋狭くと走るセンサーのラインが空間に浮かび上がる。
その真ん中に、ラインに守られるようにヴァージンブラッドがあった。
「さすがに……隙間がないみたい」
「ふふふふー、任せて」
美砂ちゃんは、楽しそうに笑うと、すぐに作業にかかる。
物心付いたときからパソコンを触っていたという美砂ちゃんは、天才ハッカーで発明家の「サンドマン」こと砂川巌を父に持つ。彼は、僕

の父である黒木彗秀の相棒として「六の財宝」を探してたから……親子二代で追っているわけか……
「くひひひひ、でーきたっ!」
美砂ちゃんの声と共に、一瞬で赤外線センサーが消え去る。
「これでもう平気。ちゃちゃとパクって帰りましょ」
「パクって?」
ボクは思わず聞き返した。パクるっていったら人の話を盗作したりする事だけど……今この状態で、何をパクるって言うんだろう。
「あー……意味分からない?」
「うん」
「……じゃ、ちゃっちゃとギって帰りましょ」
「ギって?」
「……分からないの?」
「うん」
無線の向こうで美砂ちゃんは何でか溜息をつく。「ギ」って一体……三国志の国?
「もういいから、早く盗んで帰ってきなさい」
「あっ! そういう意味かぁ!」
「なっ、何いきなり!?」
「パクるもギるも盗むって意味なんでしょ!? なるほど、そうかぁ……」
ボクが手を打って感心した、まさにそのとき。
暗かった部屋に照明がつき、同時にけたたましい警報が鳴り響く。
「音声センサー! バカっ!」
「げっ、どうしよ」
「できるかぎりするから、早く戻ってきなさい!」
「わ、分かった」
ボクは、ヴァージンブラッドを引っつかむと、もと来た道を引き返す。
展示室を出ると、丁度二人の警備員と鉢合わせた。
反応するより早く、僕は回し蹴りを食らわせる。
一人目が倒れると、もう一人が何かする前に、回転の力を込めたこぶしをわき腹に入れた。
白目を剥いて膝を突く警備員を背に、階段へと走っていく。
「いたぞ!」
後で数人が叫ぶのを聞いて、僕はパウチから煙だまを投擲する。
まもなくした咳き込む声から、追手を無力化したと分かった。
階段を上りきり、一息はいてから屋上のドアを開ける。それと同時に、銃弾がボクの頬を掠めた。
ひやっとした感覚が頬から流れ、ボクの神経を一気に集中させていく。
「動くな」
その凛とすんだ声は、刃を想起させる。見ると、黒いスーツに身を包んだ女性が銃口を向けていた。
「……ブラック・スター。強盗の現行犯だ。逮捕する」
「……ふふっ、まさかここにもいるだなんて思わなかった」
「ぐだぐだ抜かすな。手は頭の後ろだ」
威嚇するように銃身で指示をする女性に、ボクは不敵に言い放つ。
「撃ってごらん」
「なっ……!」
女性は怒りに眦を裂いてボクをねめつけるが、ボクは挑発を止めない。
「どうしたの? この近さなら、当てられるはずでしょう?」
「……貴様……!」
女性が、引き金を絞る。
――風が、銃口を間二つに切り裂いた。
驚きに目を見開く女性。ボクはゼロ距離に縮めた間合いから、第二打を今度は女性の上着に掠めさせる。
中心から上着は二つに裂け、白い肌があらわになった。
「きゃっ!?」
小さい悲鳴をあげ、条件反射的に女性は胸を隠す。ボクは背を向けざまにマントを女性の足元に投げた。
そこに、一足も二足も遅れて警備員達がやってくるが、ボクは目もくれずに屋上のふちまで走りつつ羽を開く。
「アディオス!」
闇に飛び上がるボクを、彼らはただ見つめることしか出来なかった。


おまけ。


「ちがうよ、これ」
「なっ」
美砂ちゃんの言葉に、僕は愕然とその顔を見つめる。
「これ……ただのルビーみたい。あとで返しに行かないとね」
「なにそれぇ……」

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