まだ空けぬ空に、白々と光る月が浮いている。馬にまたがったまま、瀧浦は見上げた首をこきと鳴らした。

 天岡山と葛木岳にはさまれた、岩富谷の細道に、数百騎の騎馬武者が、鋭い眼光を光らせていた。

 彼らはいづれも九能家のものであり、此度の戦に、軍師林中元平の策を授けられてここにその騎首をそろえているのだ。

 策とは、城の数十里前に布陣する五代家、国保長氏の軍勢の、丁度後背にあるこの谷に瀧浦重興率いる五百騎を伏せ、日の出と共に奇襲を掛けると言うものである。

 現在城にいる兵は二千。一方、国保の軍勢は八戦とも一万とも言われる。絶対的な有利に、国保は確実に油断しているであろう。それを突いた策である。

 夜明け前の、冷たく、それでいて澄み渡った空気は、黄泉の国の入り口から流れ込んで来たかの如く、狂気と神秘をはらんでいた。

 瀧浦はそれで肺を満たすと、一度瞑目した。

 次に瀧浦が目を開けたときには、彼方の地平に血の様な光が一点、浮かび上がっていた。

 それは影を作り、山々を照らしながら広がる。瀧浦は後ろを顧みた。

 武者達の上に昇っていた月は、傾いて今まさに落ちんとしている。

 瀧浦は、太刀を抜き放つと、早朝の静寂を破る大音声で下知を出す。

  「進めぇッ!!」

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