街道沿いの民家。そこを包囲するように十名ほどの男達がいた。
「きゃああっ!」
悲鳴を上げる女性を、汚れた軍服を着た男達は腕を掴んで連れてゆく。
「やめろぉっ!」
止めようとすがりついた少年は、男のけりで吹き飛ばされた。
その様子を眺めて、ジャケットを着た金髪の男は大声で傲然とのたまう。
「俺様を誰だと思ってやがる」
誰も答えないのを見て、男は少年を指差して言った。
「そこのガキ! 俺様の名前を言ってみろ!」
少年は立ち上がりながら忌々しげにはき捨てる。
「ザック・くそワイルドバック様だろ、このゲス野郎!」
その言葉に、ザックと呼ばれた男はあからさまに激昂し、少年の首を掴んだ。
「もう一回言ってみろ、クソガキ。ブッ殺すぞ」
気道がしまり、少年は苦しそうにもがいた。顔がどんどん赤くなってくる。腕をつかまれていた女性はそれを見て、自らを掴む軍服の男達を振りほどこうとしながら叫ぶ。
「やめてぇ! 死んじゃうよぉっ!」
ザックは、下衆な笑いと共に女性を目の端で見やる。
「やめなきゃ死ぬかもなァ? くッハハハ!」
「な、なんでもするからっ! お願い!」
「ほう、なんでも?」
ザックは女性の叫びに反応して、少年を解放した。少年はがくっとひざを折って苦しげに咳き込む。それを無視して、ザックは女性の下へと歩み寄る。
「それじゃあ……」
と言いつつ、女性の顎を上に向けると、彼女はこみ上げる恐怖と嫌悪に、その柳眉をゆがめる。それをザックはさも楽しそうに見やると、こう吐いた。
「俺の奴隷になれ」
それを聞いたほかの男達は、不満そうに口を出すが、男はそれを制し、男達に向けて安心させるように言う。
「もちろん俺の後はお前らが好きにしろ」
男達はこの下品な提案に沸きあがった。女性は観念したようにうつむき、少年は悔しげに憎しみの目を向ける。
その目が、ザックと合った。
ザックは再び少年に近づくと、髪を引っ張って立たせた。痛みにうめく少年の首筋に、ザックはナイフを突きつける。
「生意気にガン垂れてんじゃねえよ……ん?」
ザックは、何かに気付いたように少年の着ていたシャツを引きちぎった。
「きゃあっ!!」
途端、少年は甲高い悲鳴と共に地面に伏せる。そう。彼――いや、彼女は、女性だったのである。羞恥に顔を赤らめ、少女は顔を伏せた。小刻みに震え始めた肩は、その心が急に女としての意識を取り戻したことを物語る。
ザックはいよいよ品のない笑みを顔一杯に浮かべて、一人悦に入った声を上げた。
「こりゃあいい、上物の女が二人もいやがる! くッハハハハハ!」
そして、少女の頭をブーツで踏みつけると、ザックは絶望を与えるように、ゆっくりと言い放った。
「おめえも、姉貴も、たっぷり犯して、それから殺してやるよ。楽しみにしとけ! くっ、くッハハハハハハハハハァッ!!」
その笑い声を突然遮ったのは、ザックの配下の悲鳴だった。
「ぎゃああああっ!」
「……あ?」
ザックは興をそがれた、といった面持ちで顔を上げる。しかし、その目が悲鳴の原因を映し出した瞬間、ザックは条件反射的にホルスターに指をかけた。
「何……!」
それは、一人の男だった。
その出で立ちは、ザックと同じくすんだ黒のジャケットにオリーブドラブのジーンズである。金の長髪、腰の佩剣、ベルトにぶら下がるホルスターさえも同じものをつけている。
それだけではなく体格までもが似通っており、違いは顔と表情以外ほとんど無いといっても良い。
少女の頭を踏みつけた体勢のまま、ザックの顔からは先ほどまでの笑みは消えうせていた。まるで絶対的な何かから死を宣告されたかの如くに、あまりの絶望と恐怖を前にして、ただ口を開け放す。
一方、もう一人のザックはその様子を見て、まさに正反対な、噛み付かんばかりの獰猛さに満ちた笑みに頬をゆがめた。
それは、草食動物の群れを見つけた肉食獣の喜びの笑みの様ですらある。
カウボーイ・フロム・ヘル。それが、彼の――本物のザック・ケストレル・ワイルドバックの二つ名だ。
「よう、ザック」
瞬間、我に返ったように偽ザックは銃のグリップを握り締め、恐怖を振り払うかのように引き抜く。
「あっ、あぁぁぁぁぁっ!」
どちらが早いかは明確だった。
偽者が銃を引き抜いたとき、すでにザックはその腕にリボルバーをポイントしていた。
躊躇無く打ち出された弾丸は、偽ザックの腕をひじの先から持っていく。痛覚が痛みを知らせるより早く、連続される的確な射撃は横にいた仲間を一撃、また一撃と葬り去った。
最後の薬莢が飛び出し、リボルバーをホルスターに帰すときには、すでに右手は佩剣に伸びている。
次に引き抜かれた銀光は、食いついてくる敵の弾丸を縦横無尽に叩き落し、同時に後ろから近づいていた男に回転して襲い掛かる。
横一文字に胴体を切り裂かれて鮮血をばら撒く男にかまわず、神速で次なる敵へと追いすがっていった。女性を押さえつける二名の男である。
その男達は接近に気付いた転瞬、頭部を鉄芯で貫かれていた。
脳をやられて男達が倒れたとほとんど同時に、腕をもがれて呻く偽者もまた回し蹴りで横に飛んでいる。
頭がふっと軽くなり、少女が顔を上げようとしたところで、その肩にふわりと何かがかかる。温かい、大きなジャケットだった。
一方、ジャケットを脱いだザックは、無様に倒れる偽ザックの首にひたと刀の切っ先を突きつける。
「じゃあな、カヴァー野郎」
「あ――」
偽者は何かを言いかけたが、その首は既に宙に浮き、そして地の軌跡を残して砂上に落ちていた。




「……引っ越すなら、手伝うけど?」
携帯CDプレーヤーをいじりながら、ザックは姉妹に言った。しかし、姉――ミスリルは首を横に振る。
「大丈夫です。ジルフォンに行くキャラバンに載せてもらいますから。本当にありがとうございます……」
「ん、いやいや。一食一般の礼だよ」
「それじゃあ食べてばっかだよ、ザック」
「あ、そうか」
妹のクロムは、名残惜しそうに微笑んだ。こうしてみると、少年のような雰囲気の中に、とても可憐な少女らしさが漂っている。大きな目や、細く、艶のある髪の毛などは、どう見ても女性のみが持つものである。
ザックは、やはり柔らかく線の細いクロムの手を取り、その中に一枚の小さい鉄板を握らせた。
「……これ、なに?」
親指の爪ぐらいの大きさで、三角の形をしているそれを見て、クロムは首をかしげた。
「ピックだよ。ギター弾くのに使う」
「えっ? でも、ボク、弾けないよ」
困るクロムに、ザックはにやっと笑んで見せる。
「ザック様特製ピックだよ。もし困ったときはこれを酒場で見せれば、すぐに腕利きが集まってくる」
「へ、へぇ……」
クロムは信じられないといった様子で、そのピックを眺めた。しかし、すぐにそれを胸元に持ってくると、大事そうに握り締めてから、
「ザック、大事にするね」
「おう。へへっ」
そして、ザックはもう一度軽く礼をしてから、きびすを返して街道を歩いていった。
「「ザーック! またねーっ!」
クロムの声に、ザックは手を振って応じた。
片方だけにしたイヤホンからは、ラジオのニュースが入ってくる。
「指名手配犯、ザック・ワイルドバックと名乗る野党、サイモン・ヘリックは、「カウボーイ・フロム・ヘル」ザック・ワイルドバック本人によってハントされた模様――」
そこまで聞いて、ザックはCDをスタートさせた。

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