「動くなっ!」
明け方。城門前で警備騎士隊に囲まれ、長剣を佩いた男は動きを止めた。
「重犯罪人、ラーズ・ロキッド! バルトリーン公邸破壊、それに伴う大量殺人の容疑で逮捕する!」
しかし、レザーの上下に身を包んだ男は眉一つ動かさずに、息を深く吐いた。
「おい、貴さ――」
瞬間、ラーズは片手を振り上げた。
いや、早すぎてその場にいた者達には視認できなかったのだ。ラーズの右手には、抜き身の長剣が握られていた。
沈黙のあと、ラーズに声をかけていた騎士の頭部から、前部が削げ落ちる。
その体がくず折れるのも待たず、ラーズはくく、と不気味に笑った。
「どうした? 捕縛するんだろう?」
その言葉に、やっと騎士たちは我に返る。弾かれた様に剣を抜き、恐怖を押し殺したような表情で構えに入った。
しかし、構えに入るだけで一向に攻めようとしない。そうみると、ラーズは突然、狂人の恫喝のように叫びを上げた。
「斬りかかって来い!」
刹那、騎士の一人、若い、少年のような男が、剣を振り上げ、遮二無二突貫をかけてきた。
「ああああああっ!」
騎士は、細かく震えた気勢と共に剣を振り下ろす。
味方で騎士たちでさえもが、次の瞬間の彼の無残な姿を直感した。
だが、その全ての予想を裏切って、彼の剣はラーズの肩口に入った。
鎖骨を砕いて、その剣は胸の辺りまでを切り裂いている。
若い騎士は、攻撃の成功に驚きを見せた。
しかしその表情は、今度は得体の知れない恐怖に引き歪んだ。
ラーズは、左手で自らに刺さる剣をつかむと、刃を伝う自分の血にもかまわず、さらに握り締めた。
刃が、砕け散る。
騎士は、尻餅をつき、ただならぬことに動きを止める。
ラーズは血が出るのも放って、ため息とともに吐いた。
「つまらんな……まとめて終わらせてやる。……来い」
片手で手招きをするラーズは、鋭い目をギラリと輝かせた。
「う……うわああああぁっ!」
狂ったような叫び声。それを上げたのは、先の若い騎士だった。折れた剣を前に突き出し、果敢にも斬りかかる。
しかし、転瞬。
飛び出したラーズは、すれ違いざまに騎士の胴を薙ぎ、慌てる前方二名を、片や切り替えしざまの一刀に、方やその軌跡の延長に斬り伏した。
背後に迫る騎士の殺気に、ラーズは回転しつつ切っ先をその喉仏に突き刺す。何かを言おうと言うのか、口をぱくぱくと開閉させる騎士をふち払うと、足元に落ちた騎士の剣を蹴り上げ、掴むが早いかダーツの如くに投擲した。
それがまごついていた騎士の一人の胸を、鎧ごと突き破る。
残る二名は、もうこれまでと観念し、もはややけで突撃をかけてくる。
ラーズは身を低く構えたかと思うと、飛び込みざまに一人を切り捨て、高速で返る刃で最後の一名の背を叩き割った。
それが滑り込むように倒れ伏すのを見届けると、ラーズは剣を収める。既に胸の出血は止まりきっていた。
「面白くもない……」
つぶやく背に、若い娘の声がかかる。
「ねー、ラーズぅ、終わったのー?」
それは、生臭い血の臭いが立ち込めるこの場にはそぐわぬ程平和な、退屈ささえ感じさせるものだった。
ラーズは振り返って、少女に告げる。
「ああ。ラナ……お前はもういいのか?」
ラナと呼ばれた金髪の少女は、赤い瞳を楽しげに細めて、答えた。
「うん。しっかり補給したから、当分平気だよ」
言いながら、ラナは口の端についた鮮血を指ですくって舐め取った。
「……そうか。じゃあ、行くか」
「んっ」
うなずくラナに、ラーズは背を向けて歩き始める。
「あっ、待ってよー!」
ラナはそれを慌てて小走りで追った。
日が昇る、数分前であろうか。