それは、突然だった。
ウェスは、腹部に熱いものを感じた時にはすでに土の上に倒れていた。生臭い、血のにおいが土煙と共に立ちこめる。
M―16のグリップを握る手が緩み、指先から生が失われていくような感覚にとらわれる。
やけに大きく聞こえる自身の呼気と、心音が、まるで辺りの現実から彼を遠ざけようとするかのようであった。
仲間や、上官の声、そして撃ち交わされる銃声もまた、ウェスの耳を離れていく。
ふと、戦場の狂風が、止んだ。
死臭の替わりに漂うのは、向日葵の懐かしい香り。
ウェスは立ち上がり、辺りを見て息を呑んだ。
広がる一面の黄は、あざやかにウェスの視界を奪った。
「これは……」
つぶやくウェスの前に、遠く、人影が見える。
「……母さん……?」
目を凝らしてみると、それは記憶の片隅に残る、幼いころに死別したはずの母だった。
「母さん!」
ウェスは向日葵の海を掻き分け、母の許へと走った。
いつしかその姿は少年になり、ウェスは大きすぎる麦わら帽子を揺らして駆けていた。
はるかな、母のもとへと。
ウェス・ハンコック―1942〜1968