AM5:00

早朝。俺の朝は、目覚ましで始まったためしがない。
というのも――
「起きなさーい!」
「うわっ、や、やめろ! 入ってくるなっ!」
「くらえーっ、さつきあたーっく!」
「ややや、やめろって! うわぁぁ、手を入れるなぁぁっ!」

俺は、通学路を半ば強制的に手をつながれて歩いていた。
はたから見れば中のいいカップルのようだろうが、さつきの手には異常な力が込められている。
「い、いたたたた、さつき、ちょっと弱めに……」
「だーめっ! こうやってしっかり握っておかないと、遼ちゃんが他の子に取られちゃうもん」
と、触覚のような頭の毛を二本揺らしながら、いかにも可愛らしく言ってのけるさつきは、さらに力を強くする。
「あぎぎっ!」
関節が砕けるような痛みに、俺は顔を歪め、歯を食いしばった。横にいるのが女の子と言うだけで、その力は軍人による拷問のようですらあった。
実は、この少女――十文字さつきは、ただの少女ではない。
宇宙人の父を持つ、異星間ハーフなのだ。
父親は銀河一の超人的な強さを持つと言う種族、スリップ星のノット族で、高校のSF研究会に入っていたさつきの母親と、「運命的」に出会ったのだとか。
俺のお袋はさつきの母の親友だったから、俺は小さいころから十文字家の家族とは仲良くさせてもらっている。
俺の部屋に飾ってある、ノット族のお面がそれを物語っていると言ってもいい。

PM12:40

昼休み、スリップ星で買った「核が落ちても壊れない」弁当箱を開けようとすると、そこに、あからさまに何かを隠したさつきが現れた。
「えへへー、作ってきちゃった」
さつきが取り出したのは、可愛らしい……とはお世辞にもいえない、金属製の頑強な小箱だった。
「……これ、なに?」
俺の質問に、さつきはまるで冗談を聞いたかのように、
「やだなー、お弁当だよっ!」
「いでっ!?」
肩を小突かれ、危うくいすからずり落ちそうになる。ちなみに、さつきの「小突く」は、普通の人間の「殴打」と同等な力を持つ。
「お弁当……にしちゃあ箱が硬すぎやしないか?」
俺がこんこんと箱の表面を叩くと、さつきは慌てて叫んだ。
「だ、だめっ! 変に刺激すると――」
遅かった。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
箱を突き破って現れた黒い物体に、俺は右手首から先をくわえ込まれた。するどい牙が手首に食い込み、生暖かいものが勢いよく噴出する。
さつきは俺の手を押さえつけると、どこからか銃を取り出した。ノット族の原子破壊銃、「ヴァーミリオン」だ。
「まっ、待て! 早まるな! 死にたくない!」
「大丈夫、腕だけだから!」
「そういう問題じゃねー! や、やめっ、やめろぉぉっ!」
瞬間、俺の視界は白い光に塗りつぶされた。


「死ぬぅぅぅっ!?」
俺は飛び起きた。くっ、食われる!
「……あれ?」
夢だった。俺はスリップ星の砂漠ではなく、保健室のベッドの上に横たわっていたのだ。
太ももの辺りに重みを感じて、俺は視線を落とす。
さつきが、包帯でぐるぐる巻きにした俺の右手を、抱くようにして眠っていた。その頬には涙の流れた跡がある。
「さつき……」
右手はしばらく動かないようだが、どうやら消滅は免れたようだ。きっと、さつきが手当てしてくれたのだろう。
ノット族には、超人的な力と、もう一つの面がある。それが、ヒーリング、つまり治癒能力だ。これは、代償として使った本人はかなりの疲労にさいなまれる。それで、眠っていると言うわけである。
「……遼ちゃん……」
眠そうな声だ。ふと見やると、半開きにした口から寝言を漏らしていた。
「ごめんね……遼ちゃん……」
「……いいよ、さつき」
俺は、さつきの頭を優しくなでた。やわらかく、さらっとした髪の毛の感触が指に心地よい。
すると、俺の声を聞いたかのように、さつきは、
「……ありがとう……」
俺は、微笑した。はちゃめちゃでも、やっぱり女の子なんだな。
改めて、幼馴染の可愛らしいところを見て、俺は心が温かくなるような気がした。
「……遼ちゃん……」
「……?」
さつきがまた俺の名を呼ぶが、何か様子が変だ。
「……して」
「……は?」
突然の爆弾発言に、俺は度肝を抜かれた。……して!? なにを!?
「はぅぅ……気持ちイイ……」
「!!?」
続いてもれた甘ったるい声に、俺は目玉が飛び出そうになった。
「んぁっ、遼ちゃん……あぁっ、ひぁぁっ」
「……さつき?」
表情にも見る間に艶が増していく。俺はどきどきしながらおそるおそる声をかける。
「ひぅぅ、いたいっ!」
「んなっ!?」
夢の中で俺は何をしているんだ!? その行為が、いやおう無く脳内に妄想される。
「やっ、やぁぁっ、そこっ、イイよおっ」
「ちょっ、さつき、待てって!」
段々とその声は色っぽく、比例して大きくなっていった。やばい、絶対誰かが聞いたら勘違いするよ!
「……遼ちゃん、うぁぁんっ、あついよぉっ、あぁぁんっ!」
「何してるの!! ……あれ?」
ドアを蹴破って入ってきた保険医の松下先生は、至極普通の光景に、拍子抜けしたように呆然と立ち尽くした。
「……今の声は?」
「あはは……」
唖然とした松下先生に、俺は済まなそうな苦笑いを返した。

15:40

「……マッサージの夢?」
帰り際、荷物をまとめながら俺は聞き返した。
「そう。遼ちゃんが、指圧と足踏みマッサージとお灸してくれた夢」
……なるほど、お灸は熱いわな。
「ごめんね……」
「何だよ、唐突に」
俺は、うつむくさつきに肩をすくめて見せた。
さつきは黙って俺の右手を指差す。もう包帯も取れて、元通りになっているが、神経のつながりが悪いのか、感覚が薄まっている。
「大丈夫だよ」
その右手で、さつきの頭をなでてやる。
さつきは一瞬あっけに取られたような表情を見せたが、すぐに幸せそうに笑みを見せる。
「ほら、な?」
「……うんっ!」

15:53

 帰り道、夕日がいつもの通学路をオレンジ色に染め上げていた。
 さつきは、やはり手を繋いでいるのだが、気遣って左側にいてくれる。 しかも、その力も、普通の女の子のそれと同じぐらいで、柔らかい掌が温みを伝えてくる。
 不意に、俺の腹が鳴った。……そういえば、昼飯抜いてるな。
「おなか、すいてるの?」
「ははは、まあ」
 小首を傾げて聞くさつきに、俺は苦笑いを浮かべる。
「それじゃ、今日はうちで食べようよ! 夕ご飯、トムソン焼きだよ!」
「マジ!?」
 トムソン焼きには目が無いんだよなぁ、俺。見た目はともかく、あの味! 地球上には無い味だよな……
「その代わり、今日はおとまりしてねっ!」
 さつきはそう言って、俺の腕にくっついて、頬をすりすりした。
 ……こうまでされて、断れるわけ無いよな。
 見えてきたさつきの家に、夕日の光が沈もうとしていた。

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