今、俺の手元にはインクのビンがある。

 一個だけ、しかも中身は少ない。

 実はこれが最後のインクだ。

 俺の家のじゃなくて、世界の。

 俺は今、シェルターの中にいる。外? 危険だ。

 人類がこのくらい穴にこもってから線の年が経つが、誰も外には出なかった。出られないから。

 俺は千年からすればちょっとの二十五年しか生きてないけど、これだけはいえる。人はバカだって。

 俺が十八のときに人のバイク盗んだやつもそうだし、ボタン一つで外をああした奴も同じ、バカだ。

 そんなことを繰り返すんだから、人は皆バカさ。

 だからすぐ食い物も何もなくなっちまう。

 ったく、本当にどうしようもない。

 だけどな、いいやつもいるんだぜ。

 俺の隣に住んでた女の子……ありゃいいケツしてた……

 ま、それはおいといてだな。

 たとえばシェイクスピア。名前もいかしてるよな。

 あの人の本はいいね。俺も彼よろしく本を書こうと思ったんだが……

 そのときに買ったのがこのインク。でも、何も思いつかない……

 ったく……それを見つけたはいいけど、何かくかな……

 ……

 ……

 そうだ、この日記以外何も書かないことにしよう。
 
 人がやったバカの最後のバカにはしたくないからな。 

 どうせ篭ってても仕方ねえし、食い物も無いんだ。死ぬ前に、外に出てみようかな……
  
 


 人が内側にこもってから千年。外に残された人たちも、生きてきた。

 私もその一人。

 過酷な状況に耐えうる体は、北欧神話のエルフのようになった。
 
 私は「外側」に残された最後の遺産の一つ、インクびんを持っている。

 この原稿自体は、熱式筆記用具で書いているのだが、作家の先祖がのこしたものがあるのである。

 ちょうど千年と言う節目の年。シェルターの一つが開いたというニュースもあることだし、取材に行ってみようと思う。


 
 原稿用紙のとなりにある二つのインクびんは、内側と外側がつながったことを象徴していた――

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