かけてきた美月を受け止め、俺はその顔を見つめた。
喘ぎ喘ぎ方で息をし、俺の目をじっとみる美月は、雨に濡れて体が氷のように冷えていた。
「……彰一……」
「傘、持ってきた。……ごめんな」
ちょっと気恥ずかしそうに言う彰一に、私は、心の中から温かいものがあふれてくるような感じになった。さっきにまして、目の奥が熱くなってきて、最後にはね気叫んで彰一の胸に顔を押し付ける。
彰一の胸は、温かかった。頭の後ろにすっと大きな手が置かれて、やさしくなで始める。……そんな風にされると、もうっと涙があふれてきて、いよいよぐっと顔を押し付けてしまう。
……彰一、好きだよ……
「降ってきちゃった……」
私は、手の甲に落ちてきた水滴を見た。それは、一滴、二滴、すぐに地面を黒く濡らす。
まるでバケツの水をかぶったかのよう二、すぐに髪の毛は重くなって、制服はシャツの下まで水が入り込んできていた。
「……さむ……」
どこかで、雨宿りもできるだろうけど、なぜか足が動かなかった。寂しくて、淋しくて、心まで氷雨に凍えてしまいそうだった。
「彰一、彰一……」
涙なのか雨なのか分からないしずくが、頬を伝い落ちた。
そのとき、ゆがんだ視界の向こうから、一つの影が近づいてくる。
もしかしたら……そんな想いが心に起こって、私は目をこすった。
すると、影はさらにしっかりと、その表情まで見えていた。
「……しょう……いち……?」
「美月ぃっ!」
傘を小脇に、全力でかけてくる彰一の姿は、またすぐ涙で霞む。
「彰一っ!」
私は、その名を呼んで、涙を拭って走り始める。
降り出した雨に、俺はコンビニで買った傘を差して、歩いていた。
激しく、車軸を流すようなそれは、家々の屋根や、傘に当たってまるで打楽器のように、乱雑なリズムを刻んでいる。
ふと、視線を落とすと、小さい塊がベンチの下に見えた。
「……?」
それは、子猫だった。
降り続ける雨に、体中を濡らし、凍える体をちぢこめて、親猫を懸命に待つ姿に、俺は美月の影を重ねていた。
「美月……!」
俺は走り出した。傘を閉じて一心に道を戻る。
もうバスに乗って帰っているかもしれない。それでも、もしバスに乗り遅れていたら?
仲直りできなくてもいい。ただ、傘が渡せれば……
「あぁっ、ま、待ってよ!」
私は、無常にも走り去るバスを諦め、その場にしゃがみこんだ。
それもこれも皆彰一のせいよ! あいつが、あいつが……あれ?何でケンカしたんだっけ? 思い出せないようなことでケンカするなんて……損だなぁ……
そう思って空を眺めると、重そうな雲が垂れ込めて、いつ雨が降ってもおかしくない位になっていた。
傘持ってないよ……どうしよう。
「バカッ!」
叫んで駆け出す制服の少女。その目からは真珠のような大粒の涙が流れ出していた。
俺は、少女――美月(みつき)の走り去る背に一瞥をくれると、いたたまれない気持ちにその場を離れていた。
ケンカの理由は、些細なことだった。
なのに、いつの間にか二人ともムキになって怒っていて、気付いたら、これだ。おかげて、学校からの帰り道は、公開痴話ゲンカの場となってしまった。
美月が行っちまった後、俺はなにをするでもなくコンビニに立ち寄った。
ふと外を見ると、空にはどんよりとした灰色の雲が、今にも雨を降らせそうに横たわっていた。
(そういえば、美月……傘持ってなかったな)
俺は、無意識のうちにそんなことを思っていたのに気付き、あわてて否定する。何あんなヤツのこと気にしてんだ、俺。
俺は、傘を取り捨てて、美月の頭をなでた。
初デートのとき、言ってたもんな。「なでてくれると嬉しい」とかって。
と、不意に、俺と美月の周りがオレンジ色に照らされた。
空を見ると、雲の切れ間から夕焼け空が覗いている。
雨はいつの間にかやみ、軽くなった雲が、橙に輝いていた。