280東創家高校戦12気配










八回裏 将星3-1東創家




残すイニングはついに二回。

ここまで継投継投で繋いできた将星だったが、今日のマウンドにはまだ背番号10の西条友明が立っている。

明日の決勝桐生院戦を考えても継投は悪くないが、ここはまだ西条に託したい。真田のホームランからの悪い流れを変えたくなかった。

冬馬には悪いが今日は最後まで西条で行きたい、そんな思いが相川にはあった。西条が打たれれば話は別、だが。



――ドバァンッ!!


そんな思惑を吹き飛ばすかのような轟音がグラウンドに響き渡る。

『ワアアアアアアーーッ!!!』

140km/h!!!

流石に100球を超えた当たりから球に衰えはあるものの、相川がうけたミットの感じからまだ西条はいけると確信した。

しかしこの回はここまで西条を苦しめている…一番レフト真条に打順が回ってくる。


ブゥンッ!!!ドシィッ!!!

『ストライッ!ツー!!』


先頭の玉城を早々にストレートで追い込んだ西条。

今のでちょうど130球目だ。




海部「相川…ずいぶんと西条を引っ張るな。冬馬を出さない気か?」

柳牛「そうですね…。絶好調とはいえ流石にそろそろ球速も落ちてきましたし…」

不破「代えてもいい頃。でも…相川、代える素振りない。」

海部(後ろに冬馬がいるから…いいんじゃないか?変化球もあるし)

不破「…ただ、冬馬今日は球が走ってないから」

蘇我「へ?」

山田「はしってない?」

夙川「どういうことですか?」

不破「今、ほら、あそこで降矢相手に投球練習して肩を作ってる。相川の時は変化球投げてるけど、ストレートが最後にうけた時よりもいまいち走りが悪そうに見える」

山田「ほへー…」

海部「向こうのピッチャーの逆になることを恐れてるのか?」

不破「わからない…けど、玉城から浅田にピッチャーが変わってここまでヒットは西条の内野安打と、真田のホームランしか出てないのは確か」

柳牛「変化球タイプのピッチャーでストレートを投げた時の対応が怖いって、ことですね…。しかもここまでストレートに対して全くあってない東創家としても、逆に西条くんがマウンドから降りてくれたほうが少し楽になる…」

不破「相川がどこまで考えてるかはわからない。けど、打ち込まれてない西条がマウンドを降りて喜ぶのは果たしてどっちか。点差も二点あるし」


そう、相川にとっては真田のホームランが嬉しい誤算だった。

一点差なら逃げきるために冬馬のファントム多用で乗り切ろうかと思ったが、なまじ二点差になっただけに尚更西条を代えづらくなってしまった。

マウンドの西条はあまり気にしていないが。



西条「だらぁ!」

玉城(…う、うぅうううう!くそっ!)


カウント2-1から投げられた気合全開の投球は、打者を嘲笑うかのような外角へ沈んでいくストリーム。

玉城はそれにバットをおっつけて当てるも、完全なるボテボテのピッチャーゴロ。

西条は素早くその打球を処理すべく疾走、ボールを左手でとって。





――――ピリッ。





『ワッ!?』

全力疾走で前しか見ていなかった玉城の耳に悲鳴のような、怒号のような歓声が入ってくる。

何かあったらしい、一塁にボールが送られる気配がない。

玉城「えっ!?」

一塁キャンパスを回ったところで、玉城がファーストコーチャーを見ると右手をぐるぐると回している。走れということだ。

なんだどうした、何があった。

玉城は一瞬混乱に陥ったが、セカンドの原田が一塁側に疾走しているのを見て、ようやく判断がついた。

『悪送球!?』

『キャアアアアーーッ!!!』

『玉城いけえ!!!』

浅田「玉城さん二塁だ!!」

金堂「走れええええ!!」



玉城は走った。

明日の桐生院戦に浅田を出させてあげたい。

彼は自分と違って類まれな才能をもった投手だ。

悔しくないとは言えないが、それでも天運とはそういうものだろう。

なんの才能のない自分でも、こうして二塁を陥れることだってできるんだ。それならそれで、チームのためにここにいたい。


『セーフッ!!!!』

『ワアアアアーーッ!!!』


相川「西条!!!」

西条(…ギリッ)


西条は自分の左手を見て歯ぎしりした。

六回頃から感じては何かの違和感、投げるとき左肩に走る電撃。

ただの疲労ならいいが、果たして疲労で刺激を感じるものか。

もっと肩の上がらないようなけだるさを感じるのではないだろうか、西条は一度大きく肩を回した。

肩が上がらない事はない、130球投げているから多少の疲労はあるものの、まだまだストレートでストライクはとっていける。


西条(なんや今の…)


ところどころで感じていた違和感。

痛くて暴投した訳ではないのが救いだった、びっくりして力が入ってしまった、というのが正直なところだ。

やめてくれよ、右も左もぶっ壊れるだなんて冗談じゃない。


相川「西条!」

西条「…っ」


ハッとして西条は相川の方を振り返った。

真剣な表情の相川が、西条のそばに立っていた。


相川「どうした」

西条「い、いや別に…」

相川「どうした」

西条「その…」

相川「どうした」

西条「…」


相川は全く表情を変えずに同じ言葉を三回繰り返した。

球場内もまだどよめきが残っている。


西条「実は…今投げた瞬間に左腕がぴりっと痺れまして…」

相川「しびれ…」


相川は西条の左腕をとった。

グラウンドの土で汚れているが、別段どこか腫れてるようには見えない。念のため、肩まで触ってみるが西条の表情に変化はなかった。

何事か、とこの事態に内野陣も集合、ベンチの三澤と桜井も飛び出してきた。


西条「痛いとかそんなんじゃないッス。今だけたまたまビリっと北だけなんで…」

相川(疲労の蓄積による神経痛か?)


ぐにぐにと西条の腕を軽くもんでみたり、肩を触ってみるがやはり西条はなんともないようだ。本当にただの一過性だったのだろうか。


吉田「さ、西条大丈夫か?」

西条「いや、ほんまにただの暴投なんで…」

大場「肩でも痛めたとですか」

相川(流石に代えるか…)

明日の桐生院戦もある。冬馬が中心に登板するだろうが、西条の出番がないとも言えない。こんなところで無理をさせる訳にもいかないだろう。

ガシッ!!

思わずベンチの方を振り向いた相川を西条の左手が掴んだ。


西条「頼んます…いかせてください」

相川「西条…」


前回の暦法戦。

西条「あかんで、逃げさせたら。冬馬に投げさせたれや」

自分のピンチは自分で抑えなければ。

それだけの投手としてのプライドが西条にあった。

相川は逆に悩んだ、代えてもいいところだ。…が西条の思いを優先すべきか、それともチームの立場にたって理知的に判断すべきか。










吉田「いかしてやれよ相川ァ」

相川「吉田…」

御神楽「ふん。夏も同じような感じでもめていたな、確か」

原田「でも無理はしないでくださいッス。西条君まだまだ僕らの戦いは続くッスよ」

相川「勝てば…だがな」

西条「………へっ」


西条はニヤっと笑った。


西条「勝つんや、やで相川先輩」


西条の目にはギラギラと光る輝きがあった。

太陽のような、何もかもを燃えつくすような、そんな炎だ。

爽やかな風が、吹いていた。

汗を吹き飛ばす、爽快な風が。


相川は黙ってマスクをかぶった。

本来なら、【相川】としての役割ならここは代える所だったのだろう。

だが、個人的にもう少し西条の球を受けていたい。そう思った。


吉田「っしゃあ!!張り切ってけ!」

御神楽「届く範囲の球は裁こう」

大場「がってんとです!」

原田「任せろッス!」

相川「…行くぞ西条」


なんだ。

素人ばっかりのチームかと思ったが。

頼もしいじゃないか。


西条「っしゃあ!!!」




西条にとっての救いは、真条がランナーがいる状態ではさっぱり打率が落ちる選手だということだ。

無死ということもあって、真上はおとなしく送りバント。

これで、一死、三塁。




『二番、センター、足立くん』

『ワアアアアーーーッ!!!』


三塁ランナー帰れば一点差、だがそれでも一点差だ。

先程の真田の一発のありがたさが身に染みる。



相川(ここは犠牲フライ覚悟だ、ランナー気にせずガンガンいくぞ)

西条(うす)


スクイズで確実に一点とってくるという選択肢もあるが、ここはヒッティングだろう。特に足立は先程球威の落ちかけてきたストレートをヒットにしている。


――バシィッ!!

初球、セットから西条が投じたボールは高めスライダー。

これを足立は見逃して、ボール判定。



真条「…ほう」

浅田「今の球、いままでと違いましたね…」

金堂「スライダーか、初めてだな」


西条の球種は、ストレート、普通のスクリュー、高速スクリュー、そしてスライダーの四種類。

しかしスライダーはお情け程度のもので、キレも変化もあまりない、どちらかというとカウントを稼ぐための球だ。

今までストレート一辺倒だった相川のリードも後半につれて上手く、変えてきている。ここらへんは見事だろう。

逆に言えば…それだけストレートの威力が減ってきたってことだ。



ギィンッ!!!


『ファール!!!』

流石に下位打線と違って上位打線は甘いボールはしっかり叩いてくる。

高めに浮いたストレートを逆らわず流し打ち…が打球はファースト大場の横、ファールゾーンに切れた。

ふーっ、と西条は大きく息をついた。


西条(っくしょー!ついてきやがるな!)


流石に四打席目ともなると、きっちり直球に対応してくる。

初球にスライダーを投げて気を散らしたつもりだったが、そうは簡単にはいかないみたいだ。


西条(これで桐生院に負けたのかよ…)


今日の西条は本当に調子が良かった。

多分一生に一度あるかないかぐらいの調子の良さだ。

147だなんて数字自分には出せるとは思っていなかった、そもそも右投げの時はシュートやチェンジアップを駆使する軟投派だったのだ。

しかし、今日のその西条の調子の良さでもきっちり対応してくる東創家。桐生院はさらにその上だという。

尚更、負けてられない。



西条「おおおおおおあああ!」

右足を大きく踏み込んで。




――ドシィイイイイイッ!!!

『ストライーッバッターアウッ!!!』


動じず!!

西条「っしゃあ!!」




ファール二球で粘られて苦しくなった後の、低めストレートを見逃しの三振ッ!!!


冬馬「すご…」

降矢「おい、六条今あいつ三振いくつだ」

六条「え?あ、は、はい。柚子先輩」

三澤「…じゅ、12個…」

緒方先生「それってすごいの?」

桜井「すごいですよ!12/29ですよ!大体3人に一人は三振とってるんですよ!しかも東創家相手にですよ!」

降矢「確率三分の一で三振か。ジョーやるな」

緒方「ほ、ほへー」


これでなんと本日12個目の三振!

思わず左拳を握ってガッツポーズの西条、これで二死!

東創家としては一点でも返したいところだが…!!


『三番、ピッチャー、浅田君!!』

『ワアアアーーーッ!!!』

『浅田なんとかしろおお!!』


二点ビハインドの東創家、九回裏に備えてなんとか一点でも返しておきたい東創家。二死、三塁。

バッターは今日まだノーヒットの浅田!とはいっても今日ヒットを放っているのは一番の真条、二番の足立、四番の金堂だけだ。


桜井「先生…西条くんまだヒット三本しか打たれてないんですよ…?」

緒方「…ええええ!?ほ、本当!?」

三澤「本当ですよ!ほら、見てください。一番、二番、四番だけです。四死球も二個だけです」

緒方「い、いよいよ凄さが具体的になってきたわね…」



西条「あさだあああああーーっ!!!」

浅田「さいじょおおおおおおーーーっ!!!」




キィイインッ!!!!!


カウントノーワンからの二球目!!!

高めに浮いたスライダーを…強振!!!

『ワアアアッ!!!』

ガタッ!!

真条「!!」

吉田「っ!!!」

御神楽「ぐっ!」


うなりを上げて打球は吉田と御神楽の頭上!!!

















バシィッ!!!

真田「…ふー」

しかし、打球はレフト真正面。真田がいい位置に守っていた。

『あああ…』

歓声が溜息に変わる、逆に将星スタンドからは大歓声と拍手!

『ワアアアアアーーッ!!!』

『パチパチパチパチパチ!!!』

流石の熱投にここまで西条には否定的だった将星の生徒からも思わず拍手が飛ぶ。

力投が声援を呼んだのだ。


西条「っしゃあ!!後は頼んだで冬馬!!」

冬馬「わかった!!」


ベンチでハイタッチを交わす二人。

西条もおそらくこの回が限界だと自分でも思ったのだろう。

九回の表の将星の攻撃は浅田に三者凡退に打ち取られ、ついにクライマックスの九回裏に…!!!






九回裏 将星3-1東創家





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